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アヤノロサの国際結婚と学びと思考力

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仏の心ってさ、日本だから持てるんだよ

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メキシコからこんばんは、アヤノです。

 

前回のブログで書きましたが、メキシコではセマナサンタというキリストを想う連休でした。

夫婦ともに風邪を引き、大喧嘩!さらには、メキシコ人(知り合い)にストレートに意見をぶつけ、なかなかの討論をした数日でした。

「Gracias(ありがとう)の言い合いでは何も進まないから、正直に言いますね」と。我ながらキツイですね(笑)  大人しくしようとしてたのについつい言ってしまう自分の性格にもうんざりです。

もちろん夫婦で普通にのんびりした時間も過ごせましたけどね。

 

この連休中、私は考えていました。

 

どうやったら「仏の心」を持てるんだ?

 

キリストもびっくりですよ。アラサー日本人がカトリックなメキシコで真剣に仏を思っているんですからね。

 

仏の心を持てたら、メキシコでそんなにツッコミ入れる必要もないし、イライラしなくていいし、夫ももっと心穏やかに過ごせるはず。

ネットで検索もしたりインスタで名言集も見たりしました。

 

見つけた言葉はこのようなものたち。

「仏の心は持つのではなく、"ある"。」

「相手を許す」「人を信じる気持ち」「礼儀を守る」

 

どれもうーーーーーん。。。。

私の心がすさんでいるからでしょうね。どれもこれも当たり前に知ってることで、「いや、それメキシコなら真逆だな」とひとり思ってしまって。

 

個人的には、ここメキシコでは、

「相手を許す」ではなく、「相手に期待しない」。

「人を信じる」ではなく、「疑う心が後で自分を救う」。

「礼儀を守る」ではなく、「礼儀を捨てた方が良いときがある」。

 

…ね、すさんでるでしょ(笑)

 

相手を許すのも大切ですが、ここでは許せないというか理解できない裏切りが大なり小なり溢れているので、初めから期待せずいたほうが楽なんです。信じて誰かと接するなら、あらかじめ沢山の確認をしてからでないと無理です。礼儀は、メキシコに存在しないので、日本の礼儀を通したところで誰も得しないことが多々あります。

 

ただ、礼儀だけは捨てられません。日本で教育を受けて育ってきたので、それは染みついてる。それゆえ、ひとり悩んだりかなり疲れることがあります。

 

寛大な心を持つ方法とか仏の心って、日本だから通せることなんだって気づきました。

 

日本というか、先進国で!

一般的に教育が行き届いていて、常識や規律というものが国に存在する環境の中で持てるものです。

 

許す許せない事件的なことだけでなく、日常生活レベルで、ニコニコ笑って過ごしていると、間違った方向に進むので、「いや、ちょっと待て」と割り込まないといけない時もある。

日本なら黙っていても大丈夫でしょうけど、メキシコでの国際結婚生活や個人活動では早い段階で発言しないと意見を通さないと、あとで軌道修正不可能な方向にとんでいっちゃうので、何でも受け入れる気持ちだけでは成り立たないんです。

 

もちろんメキシコには素敵で優しい人は大勢います。頭の良い人も大勢います。

日本より能力高いんじゃないかなって思います。

私は優しい人たちに守られて暮らしているので、それは重々理解しています。感謝でいっぱいです。

 

でもね、

やっぱり

仏の心は無理!(笑)

 

「メキシコと結婚生活が私の性格を変えたんだー!」ってこの連休も叫びましたよ(笑)

 

日本にいた時は少なくとも色々な国の人たちを想い関わってきましたし、カナダにいた時はさらに広~い心で暮らしていました。

穏やかな心もあったでしょうけど、メキシコで失った気分!

 

信じたくなる気持ちが沸いてきたら、

「信じちゃだめだ!」と心にストップかけますからね。

そうしないと、後で泣く結果になるのは自分ですからね。

 

国際結婚で途上国生活ってなかなか大変だー。

メキシコは先進国とも思える一面はありますが、あくまでも見せかけですからね(笑)

 

とはいえ、こんなすさんだ心もキツイ性格も時々うんざりします。

やっぱり仏の心を持ちたい!

もともとあった温かい心が少しでも戻って来るように引き続き考えたいと思います…。

 

アヤノ ロサ